今回より複数回に分けて展示写真をウエブ上に掲載いたします。

初回の本稿は檜佐文野がこの写真展に興味を持っていただいた皆様に向けたご挨拶の文章を掲載いたします。

 

展示写真

 

ごあいさつ

震災で多くの子供達を失った悲しみは癒えることがありません。

未来の象徴であり、宝でもある子供たちが、どのようにあの日を過ごしたのかを、ほんの一部ですが、視覚的に伝えるための作品です。

震災を生き延びた子供達が、日本の明るい未来になっていく過程で、亡くなった子供たちの存在は、私たちの心の中に強い志として生き続けています。

10年という歳月が経ち、あの日が過去のことになりそうな気配が感じられるからこそ、再び強く、この写真を伝えたいと思いました。

皆様の心の片隅に、少しでも長くこの写真を記憶していただければ幸いです。

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偶然日本に帰国していた2011年3月11日、地震に遭遇。10日後、新潟県村上市でガソリン満タンのレンタカーを借り、食料を買い込んで、カメラと共に石巻市の親戚宅へ向かいました。

親戚の家の近くにある港町は壊滅的な被害を受けていました。どこを見ても信じがたい光景が連続していて頭が混乱し、何を撮ればいいのかさえわからなくなりました。

自分で見ても気分が悪くなるような写真を撮り続けたところで、人々に見てもらえるだろうか。時が経つと人々はこのような写真を受けつけなくなってしまうのではないか。撮影中に色々な疑問が湧いてきました。

小さい頃に訪れたことのある、祖母の記憶とも重なる石巻の小学校が、火事と津波で変わり果ててしまった光景を目にしたことがきっかけとなり、学校を撮り始めました。撮影しながら、失われた子供達の命の重さを受け止めると同時に、亡くなった子供達の思いを胸に、これからも強く生き続けていく必要がある、と改めて感じました。

学校の中は日本全国かなり似通っているのではないかと思い、自分の記憶を辿ることはもしかすると他の人々の記憶を刺激することにも繋がり、未曾有、想定外、信じられないような震災の光景を、被災地に行ったことのない人でも感じることが出来るかもしれない、と考えながら撮影しました。

檜佐 文野